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コラム

「自動車学校⇒ドローン」というベクトル

 新型コロナウイルス感染症に伴う世界的混乱については、2月以降、連日あらゆるメディアが取り上げておりますが、その話題のうち、ちょっと本質的議論とは“別角度のもの”、と思われる話題が私の心の琴線に引っかかりましたので、今日はそのことについて考えてみたいと思います。

 本当に人との距離って微妙で、このウイルスは、人と人とを分断させようとしているのかなって、うがった見方をしてしまうんですが…
(4月6日、フジテレビ『バイキング』より)

 これは、ワイドショー番組の中で女性キャスターが漏らしたコメントですが、私が気になってしまったのは、このキャスターが「このウイルスは、人と人とを分断させようとしているのかな」と、『本来、意志を持つはずのない何かが意志を持ち、私たちに影響を及ぼす』というような想像を巡らせたことに既視感的興味を覚えたからでした。

 永いホラー小説ファンであれば、もしかしたら懐かしみを覚えるかもしれませんが、1995年の第2回「日本ホラー小説大賞受賞作」を受賞した『パラサイトイブ』という作品を皆さんはご存知でしょうか。
この作品は、ホラーというには少し“肩透かし”的作品で、幽霊も出なければ、妖怪も出てきません。かといって、けっして「怖くない」話などではなく、むしろ、別な視点から見ればもっと怖い話で、現実的で科学的な着想を加味した、今の時代的には「リアルに怖い」話とも言える、ダーウィン『進化論』のこれからの形を予見したかのような作品と言えるものだったと思います。
 すべての生物に存在するとされる「ミトコンドリア」に着目し、そのミトコンドリアが意思を持ち、長い歳月の間、人の脳内に寄生し続けながら、復讐・執念的目的の機会を待つという近未来的恐怖譚とも言うべき作品で、ワイドショーキャスターのイマジネーションとどこか似た世界観を想起させられます。

 考えてみると…、いつのときも人間の歴史は、そのような「目に見えない、何らかの制御不能な意志・力(と我々が受け取ってしまうもの)」が再三にわたり形を変えてもたらす災厄や困難への恐怖心、と科学との“相克の繰り返し”と言えなくもなく、各人がそれぞれで直面する生活上の不具合に対し、叡智を結集してきた工夫(科学)が乗り越えてきた物語こそが歴史というものなのかもしれません。
 それは、近年のこの国における「人口減少時代の到来」に対してもそうかもしれませんし、今般の「新型コロナウイルス禍」も「地球温暖化」もそうかもしれません。そして、わたしたち庶民レベルの視点で言えば、それらの“大問題”に派生された実生活に直結する“(小)問題”の克服もまた、程度の違いこそあれ、やはり「科学」の力を借りて乗り越えてきました。

 それらは、生活に直結するがゆえに、必死な工夫と努力がそこにはあったはずですが…、かくいう、私が住む「自動車学校業界」という世界もまた同様に、現実的な「少子高齢化」という問題に代表される様々な問題や、60年来継続してきた業界そのものの「制度疲労」に直面しており、その打開に四苦八苦していた私たち業界人の頭上に突如、神の啓示のごとく、“飛来してきたもの”が『ドローン』という科学でした。

 話は「ウイルスの意志」に戻りますが、はたして、今回の新型コロナウイルス(あるいは、このウイルスに使命を与えている“見えざる力”)は、何を私たちに問いかけようとしているのでしょう?「人間が分断されるか、あるいは滅亡されるか」という究極の選択肢を通じ、どこに人々を連れて行こうとしているのでしょう。その問いは、4年前、“岩手県のしがない自動車学校経営者”に突如現れた「ドローンの可能性に賭けてみるか、あるいは滅亡されるか」という選択肢に似た表情で、2020年春、ふたたび不可思議な思索を私に呼び起こさせたのです。

次回は、このドローンと自動車学校との親和性について考えてみます。