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コラム

♪“闘う戦士(もの)たちへ愛をこめて”

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 今回は…、昭和の作家・坂口安吾にも『二流の人』という作品で取り上げられ、大河ドラマ「軍師官兵衛」でも脚光を浴びた戦国武将・黒田官兵衛(如水)という人物の話題から。あまりに有名すぎる逸話ゆえ、いささか気恥ずかしさも覚えますが、以下、かの「左手の話」をつたない現代語訳で再現いたします。

 関ヶ原の戦いで徳川家康側に属し、武功を立てた黒田長政(官兵衛の息子)が地元に戻って、父へ戦況報告に赴いた際の父子の会話。

長政「この度の武勲で家康殿自らが我が手を取り感謝の意を表してくれました」
官兵衛「家康殿がとられたお前の手はどちらの手だ?」
長政「もちろん右手です」
官兵衛「そのときお前の左手は何をしていたのだ?(空いた左手で家康を刺すことができたのではないのか)」

 家康から論功行賞として筑前52万5000石を受け、得意げにその報告を父にした若き息子・長政に対し、冷徹に官兵衛から放たれた問いかけ。このエピソードは、官兵衛の、抜け目なく、けっして野望を諦めない人間性がよくわかる有名な話ですが、この伝説が単なる伝説ではなく、かなり信ぴょう性が高いものであったことは、後日、家康の官兵衛に向けた警戒ゆえのVIP扱いぶりからも推し量ることができるだけでなく、自身の本性を家康に見抜かれたと感じた官兵衛が「なんの野望も自分は持っておらず、心は水の如(ごと)しである」ということを家康に示さんとして、自身の名を以後、「水の如し=如水⇒黒田如水」に改名したことからも窺い知ることができます。
 それにつけても、このときの黒田官兵衛の抜け目の無さ(要求への執着)、エグさ、あざとさは、なんと驚くべきものであり、そしてそれを目の当たりにした長政の衝撃はいかばかりだったでしょう?

泉佐野市が逆転勝訴 除外基準「違法で無効」―――ふるさと納税訴訟・最高裁
時事ドットコムニュース (2020年6/30)

 先ごろ出されたこの判決がいかに近年まれに見る、注目的で、不可思議で、人間くさいものであったかということについては、翌日以降の新聞各紙がこぞって論評しており、端的に言えば、「振る舞い、問題だが、後出しジャンケンはもっと卑怯」という言葉(7/1 朝日新聞『論座』)に集約されるようです。「(泉佐野市は)褒められたものではないが、法や法的判断とはこういうモノである」ともいうべき観点が垣間見えたと同時に、地方都市の経済へ向ける視点のシビアさ(エグさ)、それを地方に強いているこの国の状況というようなものへも思いを致させるようなニュースで、考えさせられてしまいました。そしてそのうえで、
 「この訴訟当事者となった地方自治体を咎(とが)めるなかれ!」
と思ってしまいました。
 ビジネスに生きる人間は、いつ何どきも、けっしてビジネスに繋がる可能性を除外して物事を考えたり、暮らしたりはしておらず、特にここ数年の、「パクスアメリカーナ」に代わる「パクスシニカ(中国の覇権)」全盛のグローバル資本主義世界において、この国を覆っている空気は、黒田官兵衛の逸話あるいは泉佐野市の政策並みに充分「エグい」ものであり、それは、今に生きる誰しもが身に覚えを感じているリアルな感覚でもあります。そして、少なくとも、私のような者にはそのような「エグさ」を責める資格はありません。
 昨今、当社では、(神奈川・厚木市、東京・国立市の先例にならい)、自動車学校業と併せて運営している農業商品の登録に加えて、地元自治体の「ふるさと納税返礼品」として新たに、運営しているドローンスクール事業に関連させた“売れセン”のドローン機種・「DJI MAVIC AIR2」をはじめとする様々な機種と、地元の撮影練習会をセットにした『ドローン機+地元撮影会』という商品ラインナップ等を用意し、展開すべく本格準備を開始いたしました(※「ふるさと納税」返礼品登録要件については各地元自治体の要件確認を)。
 ただ、世間からはこのような営業方法について、「あざといやり方」との誹(そし)りを受ける可能性があるかもしれないとは感じております。が…、
 「けっして、“エグい”と咎(とが)めるなかれ!」

 「そもそも寄付とは見返りを求めるものか」。「FURUSATO NOZEI=“ふるさとの税” か」。むろん、そのような問答は何十回と胸の内で繰り返し、「ふるさと納税制度」の設定趣旨を曲解するつもりは毛頭ありませんが、この厳しい時代に、地方の中小企業が生きることとは、ある意味、そういうことでもあります。
 しかし、しかし…。今回の判決で、裁判官の一人が漏らしたとされる「市の勝訴となる結論に居心地が悪い」という言葉がもたらす苦々しさと、その後、格闘している自分がもう一方で意識されるのはどういうことでしょうか。再び考えこむ時間が増えているのも事実なのであります…。