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コラム

Someday Somewhere(最終回)

コラム

 昨今、異常気象やコロナ禍の話題の際によく使われる「100年に一度の~」という接頭語は、文字通り、稀有な出来事であるからこそ本来は許されるはずで、それがこうも頻繁に「100年に一度」が取りざたされる現状は、流行語ということや人々の集団的不安感という理由ばかりでなく、たしかに現在の世界情勢は何らかの「100年に一度の」ターニングポイントに差し掛かっていることの表れなのかもしれません。そして私が住む業界もまた、「100年に一度の」モビリティ革命と呼ばれる渦中の真っ只中に現在あり、これまでの神話や慣習が通用しない「VUCA(※変動性、不確実性、複雑性、曖昧性の英単語の頭文字を取った語)」という時代の中で私たちが結局、向けざるを得ない心のありようとは、以下に示す、ミュージシャン・奥田民生のTVCMソングが念頭に置いているように、「人間の基本とは何か」「幸福とは何か」というようなきわめてシンプルなものに回帰していくような気がしております。

  ♪ 車はあくまでも 快適に暮らす道具
  ♪ 車に乗らないと いけないワケではないぜ イエー(奥田民生『And I Love Car』より)

 6月18日に国交省が公開した道路政策ビジョンの提言『2040年 道路の景色が変わる』は20年ぶりの提言だそうですが、ソフトタッチのイラストを満載した、従来の提言書とはまったく違うテイストのモノになっており、それは外見体裁のみならず、中身についてもちょっと驚くような切り口で「道路」を見ている目線が新鮮でした。
 いわく…。2040年の人々の「移動」の形は、

  1.  ❶ 通勤や買い物等のルーティン移動が激減
  2.  ❷ 旅行、散歩、ランニング等の余暇の移動が増加
  3.  ❸ 人・モノの移動が自動化・無人化
  4.  ❹ 店舗(サービス)そのものが移動
  5.  ❺災害時も人・モノが途絶することなく移動

と想像し、物流の小口輸送が増加する状況に対しては、小型ロボットやドローンがその任を補うと予測されております。そして、そのような未来予想図の大前提的コンセプトとして描いたテーマに「幸せ」「楽しさ」という、一見、似つかわしくない概念が設定されております。古来、「道路」は人々の交流やコミュニケーションの場であり人々の幸福感とは究極的には「他者との交流」にあるのであって、自動運転車やドローンなどのあらゆるモビリティはその空間を共用し整備し補完するツールとして措定され、道路が元々は、様々な交流物の舞台であったという、かつての『原点』への『回帰』が構想されています。たとえば、そこでは、MaaSに対応した様々な乗換拠点(モビリティ・ハブ)が賑わいを作り、公園化したストリートの路側を時間に応じて表情を変える(移動する)店舗が街をつくり、モニタリング機能を有したドローンが持続的にその道路空間を保全する景色が描かれております。

陸も空も関係なく、あらゆる人々の「移動」に関するモビリティの中心には“道路”が存在していて、未来図にふさわしくないような道路の性質はすべて今後は見直され、現在とはまったく違った表情に生まれ変わっていかなければならない。

 このような境地にモビリティ全般を所管する国交省が到達しているとすれば、それは、この国の交通分野における未来への意志であり、「100年に一度の」転換期に立った交通行政者の一つの覚悟(バイブル)と見て良いのかもしれず、それは交通に関わる私たちにとっても同様に心して臨むべきものなのかもしれません。

 7月31日にプレスリリースされたHAPSモバイル社(ソフトバンク関連)の「成層圏における通信プラットフォーム」構想は、「一年を通して風が穏やかで安定した飛行制御が可能な高度20㎞の空域(通常の民間ジェット旅客機の飛行高度は10㎞前後)に通信基地機能を有した無人航空機を飛行させる構想」ですが、様々なモビリティが交錯し機能していく「2040年の交通環境」を想像するときに、レベル4のドローン飛行に安定的に電波を届ける環境整備は必須であり、その点でこの構想はきわめて期待値の高いものと言えます。しかし当然のことながら、この“高高度”の小型無人機の飛行運用に関しては現行法の高度150mまでの理屈では到底かなわないことであり、「空も陸も」あらゆるモビリティ全般に関しての総合的制度設計・一体的交通の再構築が求められていくことは必定となっていくことでしょう。
 そういう意味では、(けっして大げさな話ではなく)かつて人類が15世紀に体験した「大航海時代」を、まったく別な手法、フィールド、思考で私たちはいま、水平面を含めて漕ぎ出そうとしているのかもしれず、それは(コロンブスが希望に満ちていたように)けっして悲観や不安なものではないのだと私は信じてみたいと思います。

 最後に(私自身のこれからの覚悟の意も重ねて)…。武士としての既定路線が敷かれていたにも関わらず、自ら、希望をもって世の慣習に背き、出家歌人として生涯を終えた西行法師の23歳時、旅立ちにあたっての歌をご紹介させていただき、稿を閉じたいと思います。

空になる 心は春の霞にて
  世にあらじとも 思ひたつかな

Bon voyage (良い航海を)

コラム〈1-12〉完